COLUMN『時速60キロへの軌跡』

 おかげさまで、大会(GARAM SPEED DASH2009in本栖湖)では目標の60km/h越えを達成し、成績上位者として取材を受けたのはいつもとは立場が逆の新鮮な体験ができましたし、大会のレポートが誌面に掲載されると予想以上に反響が大きく、すっかり「スピードの」西村先生としてスクールの生徒さんやショップのメンバーさんに認識していただけるようになりました。偉業を成し遂げたとは自分でも思っていませんが、プロや著名なレーサーに混じって、根っからのフリーライダーを自称するこの僕がスピードの壁を越えるには、それなりに戸惑いをおぼえましたし、いくつかの試行錯誤が必要でした。

 

 スピードはレースやウェイブに比べると非常にハードルの低い競技です。GPSさえあれば、どこのビーチでも練習相手を必要とせずにトレーニングできます。現に僕のホームゲレンデの横浜海の公園は特に風が強いわけでもなければ、ジャパンサーキットに出場するような速いレーサーはひとりもいません。僕はそんなホームゲレンデで、まず手持ちの道具を使いスピードへのチャレンジを始めました。

 春の強い南西の風が吹き、クロスオフショアにも関わらす海面は荒れていました。STARのS-TYPE115にNORTHのSUPERSTAR5.0という組み合わせ。暴れまくるボードを必死で抑えながら助走をつける。太ももはパンパン、足首もせわしなく上下し今にももげそうでした。ビーチ際に来たら下らせられる限りノーズを風下に向けアタック。すると今度はフィンがグリップを失い、どこにも体重を預けることができず、ただ不安定極まりないボードの上でセイルを引き込み続けるのみ。全速力で綱渡りするようなスピード感とスリルは今までのウインド人生にはなかった初めての感覚でした。油断するとあっという間にスピンアウトし、リカバリー不能。一発アタックを終えて帰着すると、ハアハアと呼吸は乱れ、手足が小刻みに震えているのがわかりました。いつものフリーライドなら2時間乗り続けたとしても平気だったでしょうが。結局その日は、苦労のかいあって数回のアタックで54.3km/hをマークしました。フリーライドボードとウェイブセイルでの記録としてはなかなかの成績だと思いました。しかしその後はいくらやっても記録を伸ばすことができませんでした。むしろ50km/hにさえ届かないことがほとんどだったのです。

 その後はいろいろなボードでタイムを測ってみました。初心者用のグラスとエポキシのシンプルなボードもトップスピードだけは上級のフリーライドに匹敵しました。フリースタイルでも試しましたがトップスピードだけを語ると、もはやお話になりませんでした。スピード系のフリーライドはさすがに速いと感じましたが、50km/hを越えると突然リミッターが働いて頭打ちになるようでした。120クラスのフリーレースに乗るとアベレージスピードが飛躍的に伸びましたが、トップスピードには打ち止め感を感じました。レースに必要なのはアベレージスピードですが、GPSのスピード競技に必要なのはトップスピードなのです。たった2秒間だけ理想の状態をキープすればいいのです。僕はこの2秒間はアントアン・アルボーになりきってセイルをロックし、フィンだけで浮遊することを心がけました。しかし完璧にアントアンになれるのは、完璧にフラットな海面だけでした。

 そうしてある日スラロームボードを借りて乗る機会を得ました。するとたいしたコンディションでないにもかかわらず、いとも簡単に51km/hの記録が出ました。息を切らすこともなく。速いことは頭ではわかっていましたが、数字でハッキリと証明されたのです。頭打ちを感じることもありませんでした。むしろ足りないものは正しいチューニングと自分の技量だけだと実感しました。

 これを機にスラロームのセットを揃え、スピードにフォーカスする決意を固めました。しばらく悩んだ末、ボードはNAISHのSP95、セイルはBOXER SL7.0とREDLINE6.0を買いました。95にしたのはガスティな場所でも沈まない浮力を持ちつつ、できるだけコンパクトな板ということで。REDLINEはフリーレースセイルですが、それまでノーカムしか持ってなかった僕にとっては驚きのフォイルの深さと固さで、まるで初心者のようにセイル返しやウォータースタートに戸惑いました。7.0も最初のうちはやたら大きく感じ、手の平がいつも痛くなりました。ジャイブではいつまでも曲がってくれないボードにレイルを咬ませすぎて内側にズッコケてみたり、パワフルなセイルに振り回されて外側にすっ飛んでみたり……と自分のキャリアを疑いたくなるような情けない失敗が続きましたが、慣れてくるとやはり以前に比べるとコンスタントに50km/h台の記録が出るようになりました。今や50km/hには何の恐怖も感じません。しかし今度はいつの間にか55km/hに壁ができていました。

 冬に珍しく強い南風が吹きました。夏と違いズッシリ重たい風で、新しい6.0では太刀打ちできず、春に使った5.0を持ち出しました。結果は57.3km/h。スラロームボードのおかげでついに55km/hの壁を破ることができました。次の年の春には再び南西の大風が吹きました。今度は6.0で58km/hをマークしました。カムセイルのおかげでわずかながら記録を更新できたのです。

 しかし残念ながら春を過ぎると記録は以前のように戻ってしまいました。記録がまぐれだったのでしょうか? そうではありません。重要なのはコンディションなのです。完璧なフラット海面とズシッと重たい風が必要なのです(潮の流れが重要なポイントであることも学びましたが、本栖湖では関係ありませんでした)。

 僕は次のチャンスに向けて道具を買い進めました。フォイルのリジットさに欠けるスキニーマストの使用を止め、レギュラーマストを使用することにしました。セイルはBOXER SLを止めREDLINEに統一しました。マストはさらにカーボン80%のものから100%のものに変更しました。ならば始めから最高級のものにすればよかったのではないか?と思われるかも知れませんが、大切なのはプロセスなのです。本格的スラロームレースの経験がなく、とても不器用な僕は意図的にではありませんでしたが、ステップを踏むことによって徐々に道具に体を慣らし、それらに神経を巡らせコントロールできるように成長していったのです。

 そしてついにその日が来ました。本栖湖では過去に2度スピードアタックの経験がありました。真夏だったので風が軽く、記録は53km/h止まりでしたが、風上(山裾)にカンペキにフラットな場所があり、この場所に春の重たい風が吹きつければ、記録が伸びる確信がありました。結果はWindSurfer No.58の通りです。僕はSP95/REDLINE6.4/X9WAVEMAST430を使用しましたが、一番助けられたのが、この日のために用意したTECHTONICS GOLDWING34cm(フィン)です。フィンボックスにぴったり収まるように削るのに苦労しましたが、コンプリートのフィンとは比較にならないほど抵抗感がなく、スピードが伸びました。さらに下らせた時にも抜群のグリップを発揮し、スピンアウトの恐怖から逃れ、僕はためらうことなく全速で綱を渡り切ることができました。

 その後、無惨にもドラゴンの溶岩にヒットしたフィンは欠けてしまいました。僕が生粋のレーサーなら、さらなる記録更新を目指したでしょう。まだ余力があったし、もっと下らせられました。セイルをレースセイルにするという最終手段もまだ残っています。

 だけど最近ちょっと燃え尽き気味で、代わりにフリーライダーの血が再び騒ぎはじめています。SPの一番後ろのデルリンにセットしていたストラップを一番前の内側に移動。ノーカムの軽いセイルを組んで波に乗せたりジャンプしたりしている今日この頃なのです。

'09年5月に行われた「GARAM SPEED DASH2009in本栖湖」での60km/h越えを目指し、1年間取り組んできた雑誌WindSurferの元編集者・西村栄治氏の格闘記。彼は見事に61km/hを記録した。